はじめに
ベトナムで会社設立が完了しても、それは事業運営の出発点にすぎません。外資系企業(FDI企業)にとって、コンプライアンス上のリスクは一つの手続だけから生じるのではなく、投資関連書類、企業登記、銀行口座、税務・会計システム、人事、そして実際の事業活動の間に整合性が取れていないことから生じる場合が多くあります。
本稿は、ベトナムで事業を開始または拡大する外国投資家、経営陣およびFDI企業を対象としています。主要な義務を整理し、どのような事業上の出来事が会社設立後の手続や許認可を発生させる可能性があるのかを把握し、事業上の意思決定を実行する前にリスクを管理できる仕組みを構築することを目的としています。
1. 会社設立後のコンプライアンスの範囲を正しく理解する
ベトナムにおける会社設立後の法令遵守は、単に税務申告を期限どおりに行うことだけを意味するものではありません。FDI企業にとっては、以下の事項の間で継続的な整合性を維持することが重要です。
- 投資決定、投資登録証明書(IRC)および関連する承認;
- 企業登録証明書(ERC)、定款および社内ガバナンス体制;
- 登録された事業分野、所在地、事業規模、実際の事業運営方法;
- 出資、借入、越境決済および関連当事者との取引;
- 税務・会計、請求書、証憑および文書保存義務;
- 労働契約、強制保険、外国人労働者の管理;
- 業種別許認可、環境、消防、建設、治安・秩序、その他業種固有の条件。
会社が適法に設立されていても、特定の事業を直ちに開始できるとは限りません。例えば、サービス提供から商品の輸入・流通へ事業を拡大する場合、自社倉庫を開設する場合、製造を開始する場合、専門規制の対象となるオンライン事業を行う場合、または外国人を採用する場合には、それぞれ異なる法的確認が必要となる可能性があります。
したがって、企業は「各部署がそれぞれ自分の担当分だけを処理する」という形でコンプライアンスを管理すべきではありません。一つの商業上の意思決定が、投資、企業登記、税務、銀行、労働、許認可の複数の確認事項にまたがる場合があります。
2. 投資関連書類と実際の事業活動との整合性を管理する
多くのFDI企業にとって、投資関連書類はプロジェクトの法的な枠組みとなります。具体的には、目的、規模、総投資額、出資額、実施スケジュール、プロジェクト所在地、期間などです。一方、企業登記書類は、会社の法人格およびガバナンス体制を示します。これら2種類の書類は、実際の事業運営と定期的に照合する必要があります。
2.1. 法的確認が必要となりやすい変更
企業は、以下のような状況で意思決定または法的拘束力のある契約を締結する前に、法的確認を行うべきです。
- 事業目的、事業分野、ビジネスモデルの変更;
- 増資・減資、出資構成、投資家、持分比率の変更;
- 総投資額、実施スケジュール、プロジェクト期間の変更;
- 本店、プロジェクト所在地、工場、倉庫、オフィスの移転;
- 支店・事業所の開設、他省・市での事業展開;
- プロジェクトの一時停止、譲渡、分割、統合、合併、終了;
- 条件付き事業、流通、小売、製造、その他専門規制の対象となる事業の追加。
すべての変更が同じ手続や同じ所轄機関の対象となるわけではありません。投資関連書類の変更、企業登記、税務、銀行、業種別許認可のどの手続を先に行うべきかは、変更内容によって異なります。順序を誤ると、取引の遅延、資金源の説明に関する問題、あるいは実際の事業活動と許可済み書類の不整合が生じる可能性があります。
2.2. 投資報告を期末の事務作業として扱わない
FDI企業は、適用される投資報告義務を履行するため、実行済み投資額、売上、従業員数、事業実績、国家予算に対する義務、プロジェクトの進捗に関するデータを継続的に管理する必要があります。よくある問題は、単なる提出遅延ではなく、投資報告の数値が財務諸表、税務書類、出資証憑、実際のプロジェクト状況と一致していないことです。
実務上は、投資関連データを管理する責任者を一人定め、各報告期の前に財務、人事、オペレーション部門に数値確認を求める方法が有効です。登録済みの進捗と大きな差異が生じている場合には、当局から説明を求められるまで待つのではなく、プロジェクト変更の必要性を早期に検討すべきです。
3. 税務・会計・電子インボイスの基盤を整備する
税務・会計は、企業コンプライアンスの中でも最も頻繁に発生する分野です。システム構築が遅れること、会計業務を外部に委託しても社内承認プロセスが不十分であること、またはグループポリシーをベトナム法への適合性を確認せずに適用することにより、問題が生じることがあります。
3.1. 初期段階から整備すべき事項
- 会計体制、証憑保存方針、支出承認権限を整備する;
- 実際の事業活動に応じた税務申告、納付、確定申告義務を確認する;
- 現行規定に従い電子インボイスを登録・導入し、その利用を管理する;
- 会計処理前に契約、検収記録、インボイス、支払証憑を確認するプロセスを整備する;
- 親会社、投資家、関連当事者、海外パートナーから受領する資金を区分管理する;
- 関連者間取引、グループ内サービス、管理費、ロイヤルティ、利息、海外送金が発生する場合に必要な資料を準備する。
会計を単なる月末数値の集計手段とみなすべきではありません。会計帳簿、契約書、検収記録、インボイス、支払証憑は、税務義務、費用の合理性、関連者間取引、越境資金フローを説明する上で重要な証拠となります。
3.2. 海外向け支払は事前準備が必要
ベトナム法人が海外の組織・個人に対して、サービス料、管理費、ロイヤルティ、利息、コミッション、その他の費用を支払う場合、インボイスや支払依頼だけを確認するのでは不十分です。契約上の根拠、実際に提供されたサービスの範囲、税務上の取扱い、支払証憑、外国為替規制、事業上の利益を示す資料を合わせて確認する必要があります。
特に、グローバル契約書がベトナム法人に実際に提供されたサービス内容を明確に記載していない場合や、配賦費用について配賦方法や実際の履行結果を証明する資料がない場合は、リスクが生じやすくなります。
4. 出資、銀行、外国為替取引の管理
FDI企業における資本管理は、定款や企業登録証明書に資本金を記載するだけではありません。出資、持分譲渡、利益送金、外国借入、直接投資取引は、適切な口座および証憑の仕組みに従って実施する必要があります。
企業は、約束された出資額、出資期限、受領済み金額、決済通貨、受入口座、銀行証憑、帳簿上の為替レート、投資関連書類との差異を記録する資本管理表を作成すべきです。この表は、説明を求められた際に作り直すのではなく、財務データと同時に更新する必要があります。
| 事象 | 実施前に確認すべき事項 | 対応が遅れた場合のリスク |
|---|---|---|
| 投資家による追加出資 | 投資関連書類、資本金、送金方法、資金受入口座、出資スケジュール | 資金フローが許可済み書類と一致しない、または資金受領後に変更手続が必要となる |
| 持分・株式の譲渡 | 市場アクセス条件、該当する場合の投資承認、税務義務、決済方法 | 取引完了の遅延、海外送金時の問題 |
| 親会社または海外貸付人からの借入 | 借入構造、外国為替管理、税務、関連者間取引、必要に応じた登録・報告義務 | 予定どおりの借入実行、返済、費用計上ができない可能性 |
| 海外への利益送金 | 財務諸表、税務義務、社内決議、適用される利益送金条件 | 銀行から追加資料を求められる、または送金が遅延する |
特に、外国借入や関連当事者への支払を行う前には、法務、財務、税務、取引銀行による共同確認を行うことが望まれます。一つの財務上の意思決定が、投資、外国為替、外国契約者税、法人所得税、関連者間取引資料に同時に影響する場合があります。
5. 労務、保険、外国人従業員に関するコンプライアンス
従業員数が増加するにつれて、労務上のリスクも顕在化しやすくなります。実際の業務内容に合わない労働契約、試用期間や労働時間の管理不足、給与支払と給与関連資料の不一致、保険義務への対応遅れなどが代表例です。
5.1. ベトナム国内従業員に対する管理の枠組み
企業は少なくとも以下の事項を確認すべきです。
- 労働契約、契約付属書、職務記述書、署名権限;
- 賃金表、給与台帳、賞与規程、時間外労働制度、福利厚生;
- 対象者に応じた社会保険、医療保険、失業保険その他関連義務;
- 就業規則、懲戒手続、情報機密、会社資産の保護;
- 対象業種・職務に応じた労働安全衛生;
- 個人所得税関係資料および金銭・現物による報酬の支払方法。
5.2. 外国人従業員の採用・赴任
親会社から外国人管理者をベトナムに赴任させる場合、それを単なる社内人事判断として扱うべきではありません。企業は、外国人労働者に関する規定に基づき、勤務形態、役職、学歴・経験、所轄機関、必要書類を正確に確認する必要があります。
外国人が就労を開始する前に、労務書類、在留資格、社内役職、企業関連書類、労働契約または赴任文書、適用される保険・個人所得税義務の間で整合性を確認する必要があります。各書類で役職名が一致していないことは、実務上避けるべきリスクです。
6. 会社設立後の許認可および事業運営条件の確認
企業登録証明書は、すべての事業活動を行うための包括的な許可証ではありません。業種によっては、実際に事業を開始する前に、業種別許認可、所在地、資格者、資本、設備、安全、環境、製品届出などの条件を満たす必要があります。
特に確認が必要となることが多い分野として、商業・流通、製造、食品、教育、医療、物流、観光、建設、不動産、人材サービス、データセンター、通信、金融、化学品、その他条件付き事業分野などがあります。
倉庫、大規模オフィス、工場、顧客向け施設を有する企業では、消防、環境、建設、労働安全に関する確認も必要です。長期賃貸借契約を締結する前、内装工事を行う前、設備を購入する前、または施設を稼働させる前に確認することが適切です。施設完成後に必要条件が不足していることが判明した場合、是正コストは大幅に高くなる可能性があります。
7. 事前に法的確認を行うべき事業上の出来事
年間の義務一覧だけに頼るのではなく、「事前確認」の仕組みを導入することが有効です。各部門が重要な意思決定を提案する際、必要な手続、条件、資料を確認できるよう、コンプライアンス担当を早い段階から関与させるべきです。
| 事業上の意思決定 | 共同で確認すべき部門 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 製品・サービスの拡大 | 営業、法務、投資、税務 | 新しい活動は既存のプロジェクト、登録業種、許認可の範囲内か |
| 新拠点の賃借・工場移転 | オペレーション、法務、投資、建設 | 所在地は計画、プロジェクト目的、事業運営条件に適合しているか |
| 親会社とのサービス契約締結 | 財務、税務、法務、調達 | サービスは実際に提供され、事業上の利益があり、十分な証拠資料があるか |
| 外国人管理者の採用 | 人事、法務、財務 | 勤務形態、労務書類、在留、税務、保険は確認済みか |
| 増資・外国借入 | 取締役会/社員総会、財務、法務、銀行 | 書類変更、適切な口座利用、報告義務が必要か |
この仕組みにより、コンプライアンスを「問題発生後の是正」から、投資・事業運営の承認プロセスの一部へと変えることができます。
8. 実務で運用できるコンプライアンス管理体制の設計
有効なコンプライアンス体制は必ずしも複雑である必要はありませんが、誰が責任を負うのか、情報源は何か、いつ確認するのかを明確にする必要があります。新設企業であれば、まず以下の4つの実務ツールから始めることができます。
- 義務マトリクス: 投資、企業、税務・会計、労務、外国為替、許認可ごとに義務を分類し、担当者、必要資料、確認サイクルを明記する。
- コンプライアンスカレンダー: 各種報告、税務申告、税務確定、許認可更新、保険義務、社内準備期限を管理する。
- 法務資料の一元管理: 許認可、定款、決議、重要契約、出資証憑、報告書、人事書類の管理版をアクセス権限付きで保存する。
- 重要事象の事前承認プロセス: 契約締結、資金受領・送金、外国人採用、事業活動変更の前に、営業・オペレーション部門から必要情報を提出させる。
経営陣には、期限内に対応できている事項、期限が近い事項、意思決定が必要な変更、会計や総務だけでは解決できないリスクを簡潔にまとめた定期的なコンプライアンス報告を行うことが望まれます。これにより、コンプライアンスは受動的な書類管理ではなく、経営情報として活用できるようになります。
まとめ
FDI企業にとって、会社設立後のコンプライアンスとは、実際の事業活動を、投資関連書類、企業登記、税務・会計、労務、外国為替、許認可の各要件と継続的に一致させるプロセスです。特に、資本、所在地、製品、ビジネスモデル、外国人従業員、親会社との取引を変更する際に、部門横断的な確認を早期に行わないと、大きなリスクが生じやすくなります。
実務上の優先事項は、コンプライアンスカレンダーの整備、法務資料の一元管理、部門間のデータ整合性の確認、そして重要な事業判断の前に法的確認を組み込むことです。
よくある質問
1) FDI企業は会社設立後も投資報告を続ける必要がありますか。
必要となる場合があります。報告義務は、投資プロジェクトの状況および適用される投資法規によって異なります。企業は、資本、売上、従業員、プロジェクト進捗に関するデータを管理し、投資報告の内容が税務・会計資料および実際の事業状況と一致するようにする必要があります。
2) 企業登録証明書を取得したら、すぐに事業を開始できますか。
すべての場合に可能とは限りません。予定している事業が投資関連書類の範囲内か、登録業種に含まれているか、会社設立後に追加の許認可や業種別条件が必要かを確認する必要があります。特に、流通、製造、食品、物流、教育、医療、条件付き事業では重要です。
3) 外国投資家からの出資金は、会社の任意の銀行口座に送金できますか。
そのように一律に判断すべきではありません。直接投資取引、プロジェクト書類、適用される外国為替規制に応じて、適切な口座および送金方法を確認する必要があります。誤った資金フローを使用すると、出資の認識、プロジェクト変更、将来の持分譲渡時に問題が生じる可能性があります。
4) 親会社はベトナム法人に管理サービス料を請求できますか。
取引構造によっては可能ですが、十分な準備が必要です。ベトナム法人は、適切な契約上の根拠、サービス内容の明確な記載、実際にサービスを受けたことを示す資料、事業上の利益、合理的な価格設定方法、関連する税務資料を整備する必要があります。インボイスやグループ内配賦表だけに依拠すべきではありません。
5) 外国人従業員の労働許可要件はいつ確認すべきですか。
外国人が就労を開始する前、またはベトナムへ赴任する前に確認すべきです。役職、勤務形態、資格・経験資料、在留状況、税務・保険義務を確認し、実際の役職・職務と書類上の内容を一致させる必要があります。
6) オフィス所在地の変更は投資関連書類に影響しますか。
影響する場合があります。投資関連書類に記載されたプロジェクト所在地、工場、倉庫、事業施設に関係する変更であれば、実施前に変更手続の要否を確認する必要があります。また、企業登記、税務、賃貸借契約、消防、環境、建設要件についても該当する場合は確認が必要です。
結論
有効なコンプライアンスとは、より多くの手続を行うことではなく、企業が事業運営を変更する前に必要な事項を正しく確認することです。FDI企業にとって、投資、企業、税務・会計、労務、外国為替、許認可を一体的に管理することは、事業中断のリスクを抑え、持続的な事業拡大を支える基盤となります。
TT Collabによるサポート
TT Collabは、FDI企業の会社設立後のコンプライアンス義務の整理、投資関連書類と実際の事業活動との整合性確認、重要な変更が発生した際の変更手続の要否確認、ならびに税務・会計、労務、外国人労働者、資本、業種別許認可に関する問題の調整を支援することができます。
参考法令
- 企業法 第59/2020/QH14号(第76/2025/QH15号法により改正・補充)
- 投資法 第143/2025/QH15号
- 税務管理法 第108/2025/QH15号
- 付加価値税法 第48/2024/QH15号(第09/2026/QH16号法により改正・補充)
- 法人所得税法 第67/2025/QH15号(第09/2026/QH16号法により改正・補充)
- 会計法 第88/2015/QH13号
- 労働法典 第45/2019/QH14号
- 社会保険法 第41/2024/QH15号
- ベトナムで就労する外国人労働者に関する政令第219/2025/ND-CP号
- ベトナムへの外国直接投資活動に関する外国為替管理を案内する通達第06/2019/TT-NHNN号(現行規定に基づく改正・補充を含む)
- 電子インボイスおよび電子証憑に関する税務管理法の一部条項および施行措置を規定する政令第254/2026/ND-CP号
注記:本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、個別の事案に対する法務、税務または投資に関する助言に代わるものではありません。規定およびその適用は、時期、地域、業種、企業の状況によって異なる場合があります。
